アルミな日々
「アトリエ・アルミニウム」管理人の日記。 まったくもう。
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おかしいな…
昨日書いたはずの記事が消えてる…
まあいいか…。
念のためパス変えとこ。

今日は法事でした。
実は42日目なのですが、
忌明けのお経を上げてもらったので49日目は要らないとのこと。
そんな仕組みになっていたとは。
まあ、どっちにしろ来週まではいろいろ自粛の予定ですがね。

関係ないけど久しぶりに運転すると酷いねw
進入禁止のところを三区画突っ込むとかねw
警察いたら一発で違反切符でしたね……。
何だかピザーラの配達のおっちゃんにものすごい剣幕で怒られましたよ。
そんなに怒らなくてもいいじゃんよorz

だいぶドギマギして運転するのが危険そうに感じたので、
スタバでホットチョコレートを補充。
幸せな気分になってぬくぬくと運転再開。
ってかホットチョコレートうまいな。

近所にソファが気持ちよさそうな喫茶店も見つけたし、
長いこと読めていない精神分析入門でも持って冬休み籠もろうかな^^

親戚にあんまし恵まれていない私は、
法事とかいうイベントを非常に面倒に感じてしまう。
そういうときの癒しが子供だということに最近気づいた。
お経の間に話しかけてきたり、眠りこけたりするが、
まあ、かわいいもんだ。
子供は嫌いだったはずなんだけどねえ。
ショタっ子の髪はさらさらで撫で心地がいいぜ。(ぁ

弟とも久しぶりに話しましたね。
何だか少しずつ人間的に成長している様子。
頼もしいことですな。
私より前途有望かもしれんですよ。

今日は法事がなければ、
市大祭の打ち上げに参加している予定だったのです。
なのでこちらもお酒を飲みましたよ。
たぶん打ち上げの人たちよりも高い料理を食べているのでおk~。
しかしもう少し量があっても良いと思うのだけどね。
「日本酒、燗で2合」って言ったらひかれた。
ぁぅ。

酒を飲みながら思うことは、
やはり婆さんは幸せだったのだろうかということ。
考えてみれば来年が父親の十三回忌だから、
父親が死んでから十二年もの間、私たちの側にいたことになる。
その間、常に私たちに遠慮しながら送った日々は果たして幸せだったのだろうか。

酷いことを言った。
酷いことしか言わなかった。
それでも、婆さんはかわいがってくれた。
私が学校に行くために家を飛び出した直後、婆さんは倒れ、母がそれを発見した。

償うためにしていた見舞いはいつの間にか、生活の一部になっていって。
婆さんの病室に「ただいま」と言って入ったこともあった。
そんな中で婆さんの実子が亡くなった。
婆さんに伯父の死が知らされることはなかったし、
伝えても脳に損傷を受けた婆さんにそれが届いたかどうかは怪しい。

解剖実習で忙しいからと、見舞いをサボった私は正しいのだろうか。
最終的に下顎呼吸を繰り返す婆さんを放っておいた私は正しいのだろうか。
泣くまいと決めていた葬式ではやっぱり泣いた。
寝不足で吐き気すら催しながら喪主の補佐をしていた私を慰める祖母はいない。
そして周りをはばからず顔をくしゃくしゃにして醜態を晒していた私を罵る者もいなかった。
婆さんは何を思っていたのだろうか。

ぼんやりとそんなことばかりが頭の中で渦を巻くうちに、
2合の酒は空っぽになった。
婆さんの遺影に供えていた猪口の酒を、最後に胃に流し込んだ。

精一杯だったのだ。
言い訳に過ぎないことも知ってる。
きちんとこなすからと約束した仏壇の世話もさぼりがちだ。
それでも
「どいそぎゃんなっとっとかい」(どうしてそんなことになっているの?)
と叱ってくれる婆さんはもういない。

婆さんが撫でてくれた分だけ婆さんの頭を撫でた。
それでも私が産まれたときから婆さんは側にいたのだ。
四年やそこらで恩返しなんかできやしないさ。


亡くなった人への一番の供養は、
その人の思い出話をして、思い出してあげることだそうです。
忘れませんよ、絶対にね。


そんなこんなで更けゆく夜。
空気はとてもきれいです。
冥土からは婆さんの好きだった月がよく見えるのだろうかね。
凍るような半月が、悲しいほどきれい。

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コメント
この記事へのコメント
 コメント書いていいものかすごく迷いました。が、書きたくなったので書かせてください。。


 私も、祖父がなくなった時同じように思いました。中学生でした、、

 幼稚園の時我儘言ってひどく怒らせたこと。
 小学生になって、あまり遊びに行かなくなったこと。
 祖父の弟の死にショックを受けてる祖父に気付いて上げられなかったこと。
 入院してから、(少しぼけの入った)祖父がいきなりキレることがあったとき、冷たくしてしまったこと。
     

 思い出されるのは、自分を責めなければならない記憶ばかりでした。。。

 


 でも、家族ですから、ダイジョウブだと思うんですよ。。よく言うじゃないですか。
「産まれてきてくれた事が最大の親孝行」って。
 どんなに我儘言ったって、どんなに憎らしいこと言ったって、家族は家族を愛していると思います。。 

 ダイジョウブ・・・。おばあさまは幸せだったと思います。何も知らないくせにって思われるかもしれませんが、、私にはそんな気がします。可愛がってもらった記憶があるのが証拠だと思います。。幸せだったからこそ、おばあさまはあなたを可愛がり愛してくれたと。。

 今は辛いでしょうが、どうかご自分を責めないでください。。
2006/11/12(日) 22:09:23 | URL | けい #-[ 編集]
どうしても
終わってしまったことに対しては自分を責めてしまいますよね。

まあ、私も亡くなった時分は随分応えましたが、もう平気ですよ。
立ち直ってはいるのですが、
思い出すと少しだけ苦しいですね。

それでもたくさん思い出してみようと思います。
婆さんの荷物の整理は母親がしてしまいましたが、
思い出の整理は私にしかできませんしね。


何も知らないくせになんて思いませんよw
身近な人の死ほど応えるものです。

責めるべき記憶が多いとしても、
せめて向こうから見守ってくれていると、
すべてを赦してくれていると信じましょうw
いつまでも辛そうな顔を見ているのは、
きっと向こうに行った人たちにとっても辛いと思いますからね。

2006/11/13(月) 07:14:40 | URL | あまね #-[ 編集]
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